道産子 土佐滞在記

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プロフィール

プロフィール:金井正樹

プロフィール:金井正樹
金井正樹(かないまさき)
年齢不詳 妻一人 札幌出身 インテリアデザイナー 趣味カメラ 
「脱都会半農半デザイナー」を目指す

「道産子 土佐滞在記」 PartⅤ
本山に来て三回目の秋冬を迎えた。

3月いよいよ完全移住と腹を決めた矢先に病を得て二ヶ月の療養を余儀なくされ、もう若くは無い事を思い知らされる。
気がつけば57歳。
精神の熟成儘ならず、人に誇れる事とてなく、年齢を認めたくない自分が、しかし肉体は衰えてゆく、さっさとあきらめて老人力を養いたい、ちょっと早いか…。秘訣があるなら内面も含めてカッコイイ年のとり方、誰か伝授願えないだろうか。
いずれにしても体がシャンとしてないと仕事も遊びもなんにもできない。
精神肉体共に鍛え直そうと思うが、培われた生活習慣を変えるのは誠に難しい。
ものぐさなくせに、明るく健康的でより良い人生を送ろうというのがそもそもの間違いなのだろうか。いまさらながら論語など読み始める。
6月から地元の工務店で住宅の設計監理の仕事を始める。
長い間、店舗の設計監理を生業としてきたのだが、仕事は似てはいても、かなり内容もペースも異なり、まるで要領をつかめない、まあそのうち何とかなるだろう(もともといいかげんな性格)。
そんなわけで苦労もあるが、コンセプトはズバリ「あたたかく健康に寄与する住宅」と木材・土・漆喰・和紙・木炭など自然素材を使用した「勝手に環境調整の家」 「風通しの良い家」、年がら年中エアコンと暖房機、換気扇がうなっている家はイヤダ。

龍馬さんと鰹のせいで海のイメージが強い高知だが、山が多く森林率がべらぼうに高い(森林率84%そのうち70%弱が杉・桧の人工林)。
わが本山町白髪山には良質な天然桧が育ち、近世では土佐藩の重要な財源として大阪で取引された。土佐材木問屋の在った場所に、白髪町という地名が残っている。

白髪山にて白髪山にて白髪山白骨林白髪山白骨林



現在は林野庁四国森林管理局の保護林。
地元の木材を使った質の良い住宅を創りたいと思う。
その地で育った木(木材)は当然その地の気候風土に順応しており、腐りにくく強い。
土佐和紙も土佐漆喰も高知にはすばらしい伝統がある、石油化学製品中心の家づくりから少しでも距離をおきたい。
老朽化する家でなく、手入れに少々手間が掛かっても古びて味が出る家、表面的な綺麗さでは無く、美しさを内包した家、わかるかなわかんないだろうなぁ~。
蛇足だが人間もおんなじと思う。
現在の林業は安い外材に脅かされたり散々のようだが、戦後から角栄さんの時代まで高知の山はもじどおり宝の山だった。投機対象であったときもあり、土地ころがしならぬ山ころがし。

竹林ともみじ竹林ともみじ

「登記仕立て」と言う言葉をご存知だろうか?

高知新聞社編集の「山よ --あすの指針を求めて--」にこんなくだりがある。
・・・・山林売買の際のある手法。
当時は当然のように行われていたやり方だ。

「登記申請書というのは、普通は売主と買主が決まって出されるもの。ところが、売主の欄にはちゃんと署名押印があり、権利書も付いているのに、買主の欄は無記名ではんこもなし。まったくの空白。わざとそうしておくんですな」それを一体?
「売買の仲介者が居て、買い手を見つけにあちこち持ち回る。買値を吹っ掛けて一番高値のところで売買成立、申請書の空欄を埋める。それで一丁あがりとなるわけですよ」
「仲介者のことは、中持ちさんといいました。手数料とは別に抜いたサヤも大きく、ええ商売のようでしたよ」
登記仕立ての申請書に買い手の名が書きこまれるまで三、四人介在することもままあったともいう。その都度、サヤは抜かれたはずである。・・・・

良いか悪いかと言うことではなく、そんな時代もあったということ、今は優良な木材が沢山育っていると言うのに取引がまったく低調と言うのも困りもの、皆さん国産材を見直しましょう。高知産の杉桧よろしく。難しい事はこんなところで、以上。

 まったく話は変わり、高知からはちょっと離れますが、お奨めドライヴィングコースを。一周するのでどこからはじめても結構ですが、景観と深い歴史と文化にふれる旅。

本山さめうらダム本山さめうらダム彼岸花.JPG彼岸花

うどん県高松からスタート瀬戸大橋を渡り岡山県は倉敷。 

西に向かって広島県は鞆の浦、尾道。 

鞆の浦3.JPG鞆の浦3尾道尾道
しまなみ海道を渡り愛媛は今治、新居浜、川之江。

再びうどん県観音寺から善通寺、丸亀を走り高松に戻るコース。

二箇所の大橋を渡るだけでも楽しい。輝くばかりの瀬戸内海、浮かぶ島々。

遣唐使、水軍、源平の合戦、龍馬と海援隊等々歴史に思いをはせるも良し。

北前船の航路をたどれば遥か北海道へ。それぞれの町にそれぞれの歴史文化がある。

急いで廻れば2日、4日5日あれば手ごろで良い旅になる事請け合い。


最後に高知県。
高知は東から西に長く、大まかに言えば東から室戸、奈半利町、馬路村、安芸市、香南市、南国市高知市、土佐市、須崎市、四万十市、足摺、宿毛市と連なり南の海岸線は真っ青な太平洋、北は豊かな森林と、リゾート地なみの景観が広がる。

高知市の五台山について。
中国の五台山は世界文化遺産、標高3058m。そこに地形が似ていることからの命名らしい。
説によれば命名は奈良時代の僧、行基だとも言う。

高松栗林公園高松栗林公園

こちらは県立公園146mとスケールは比べ物にならないが、高知観光には欠かせない。
まず展望台からの高知市の眺望がみごと360度のパノラマ、展望台のすぐ近くに三十一番札所の名刹竹林寺、植物学で高名な故牧野富太郎博士ゆかりの牧野植物園、どれもお奨め。
もし高知に来たなら桂浜の後、是非に。

高知市の眺望高知市の眺望浦戸湾浦戸湾

「道産子 土佐滞在記」 PartⅣ
2011夏から秋(四国で一年半が過ぎた)

7/3  吉延地域での棚田コンサート。

昨年同様、地元高知の歌手によるコンサート、我々の写真展も開催。

7/12 楮(こうぞ)を使用した和紙を漉く。

はがきサイズのものだが厚さを均等にするのが難しい。アイロンをかけて乾燥するとそれなりの紙が出来た。この辺りでは楮が毎年良く育つ。

7/16 内装をデザインさせていただいた本山町初のケーキ屋ロビン(本山町農業公社運営)が開店。

予算も極限状態で作品としては今二つか。地元の人たちは喜んでいる、沢山売れて欲しい。

7/17 赤岡町の絵金祭りへ

1絵金祭り(赤岡町).JPG江戸時代から幕末にかけての絵描き。絵師金蔵、通称絵金。江戸で狩野派に学び土佐で御用絵師となるが贋作の嫌疑が掛り野に下る。行動に謎も多い。歌舞伎を題材にした独特のおどろおどろしい屏風絵を描く。年に一度だけ紫外線を避ける為、夜、表通り、蝋燭の明かりもとで二十数点を公開する。露店も立ち並び屋外美術館と日本の祭りが合体した趣、賑やかで他には比べるものが無い、初めて見たのだがこれはお勧め。絵金蔵という小さいが素晴らしい美術館もあり、古い通りのたたずまいも心に残る。

7/24 祖谷渓 松尾川温泉へ

2祖谷渓(徳島県).JPG祖谷渓は徳島県三好市にあり本山町から車で1時間あまり、祖谷川から急角度で切り立つ高低差100mを超す深い谷。平家落人の隠れ里、まさに深山幽谷、伝説もいっぱい、かずら橋(自生する太くて丈夫なつる植物「葛」を利用して架けられた吊り橋)で有名。2004年に初めて来た折には、その渓谷の厳粛さの中に怖さと美しさを見る。近頃は観光化され過ぎの批判もあるが。渓谷にほど近く、支流松尾川のほとりに40坪ほどの小さな建物がある、それが松尾川温泉。加温しているが源泉かけ流し、泉質も良い。お肌滑々(スベスベ)。

7/29 愛媛県久万(くま)高原へ

町会議員さん全員とクラインガルテン(滞在型市民農園)視察のため久万高原へ。今期、本山町にも同様の施設が建設されるので拝見に。ただあまり参考にならず。久万高原は800mを超える高原、四国で数少ないスキー場もあり、「四国の軽井沢」などと言うおバカな標語もあり、ちょっとしたリゾート地の趣。

8/1~4 九州視察へ

仲間3人と農業と農産加工品勉強の為に九州北部を視察。熊本県荒尾市、福岡県大川市、大分県竹田市を訪問。様々な人々の様々な活動を拝見し語り合い、勇気付けられる。それにしても飽きっぽい僕は、農業、農産加工にモチベイションを持ち続けられるのだろうか。半農半デザイナーの道は険しい。

8/6~14 浦臼町から札幌へ

DSC_0038.JPG北海道浦臼町を訪問その後夏季休暇で札幌へ。浦臼町と本山町は姉妹都市で職員の交換もしている。昨年まで北海道に住みながらそこに東洋一のワイナリーがあるとは知らなかった。町のイベントで本山特産の杉のクラフトや柚子製品などを販売、暑かった。休暇は、友人宅訪問とCD、LD、LP、オーディオセットとドラムセットを本山町に送る為の荷造り。他は何する事も無く我が家で猫とたわむる。

8/19 地元の家具クラフトメーカー「合同会社ばうむ」が、新しい学習机・椅子を生産するという事で、デザイン会議に参加。

東京の建築家がデザインを担当するが、それを数人で監修する立場。今後何回か会議を持ちデザインを決め試作し、強度テストをクリアーすれば製品となる。いつもと違う立場なので新鮮。

8/23 CD、LD、LP、オーディオセット、ドラムセットが届く。

荷物の整理が大変だ。早く音が聞きたい。

8/24 山中氏の製材現場訪問

木材の製材で知られる山中氏(付き合うとただの話好きなジジイ、ずっと冗談を言っている。丸鋸に向かうと文字どおり顔が変わる。)木の癖を読んで丸鋸で製材する技術はもちろん、木に関する広範な知識には舌を巻かざるを得ない。こういう技術・知識を次の世代にしっかりと伝えないと林業はますます衰退へと向かう。

9/10~11 四万十町興津海水浴場でキャンプ

役場の青年部のキャンプに参加。何しろ青年部だけに僕だけが浮いてる。なかなか良い海で、ゆったりとした気分で腰に手を当てて夕日など眺め、子供を交えてバーベキュウ、西瓜割りを楽しむ。色とりどりの綺麗な貝殻が波打ち際に、砂浜に。

9/15 南国市の歴史民俗資料館訪問

 土佐戦国時代の土佐七雄(七守護)の一人で、最後に長宗我部氏と四国の覇を競った(滅ぼされてしまうが)本山氏の城址が本山町にある。歴史民俗資料館主催で「土佐戦国の山城を巡るバスツアー」が11月に本山町を巡る。コースをどう設定するか、どうもてなすか、中心となって動いている増田氏のお供で打ち合わせ。

9/22~26 千葉、小田原、東京へ

千葉市に地域おこしの手法についての研修を受けに行き研修所に缶詰となる、ちょうど一日目の夜に台風が通過。二泊の研修後、小田原に行き「風の便り2011イン小田原」というイベントに参加、地域おこしの事例発表と映画「ふるさとがえり」上映会。本山町でも上映会を企画中、この映画のシナリオを描いた栗山氏は30代前半の好青年。7月に一度、8月に一度、僕の家に来てカレーを食って行った。半日時間が取れたので小田原駅から箱根へ。登山電車(スイッチバックが面白い)に乗り、ケーブルカーに乗り、ロープウェイに乗り、芦ノ湖で遊覧船(なぜか海賊船というコンセプト派手な造りでマストが立ち大砲もついている)に乗り、バスに乗り小田原駅へと還る。最後の二日は東京へ大好きな浅草、上野、谷中、銀座少し足を延ばして青梅など散策。スカイツリーも目前に見た、デカい。

10/2 ミリカと言う雑誌と本山町が主催する体験ツアーの裏方
(主に写真撮影と後かたづけ)。

二十数人の参加者とピーマンの収穫体験と石窯のピザ焼き体験&イタリア・サルディーニャ島の赤、白ワインを楽しむツアー。場所は清流館(廃校になった小学校を利用した宿泊施設)、講師とセッティングは我が協力隊の大下氏、皆さん満足そう。

10/4 本山町のホームページに使う町長の写真を撮りに吉延地域の棚田へ行く。

4七月の棚田(本山町).JPG
ブランド米「土佐天空の郷」を手に携えてにこやかに笑う町長の姿をフレームに収める。




6彼岸花(本山町).JPG
棚田は黄金色に輝き彼岸花もコスモスも咲き。秋は深まる。相変わらず日々好日なり。

                   2011年10月6日記 金井正樹

「道産子 土佐滞在記」 PartⅢ

「脱都会半農半デザイナー」さんから第三弾が届きました。

プロフィール

プロフィール:金井正樹

プロフィール:金井正樹
金井正樹(かないまさき)
年齢不詳 妻一人 札幌出身 インテリアデザイナー 趣味カメラ 
「脱都会半農半デザイナー」を目指す

四国全土は稀に見る寒さに覆われ、暖かさを求めて北からやって来た私はちょっと閉口消沈して居ります。(高知市に比べ本山町は平均4℃ほど低い、マイナス8.9℃という日もありました)慌ただしき年末年始を日記風に記します。

第三弾が届きました!!

本日(5/29)は台風接近中の日曜日しかも例年よりかなり早く梅雨にも入ったみたい。覚悟を決め冷えたコーラにラムを入れ「ちあきなおみ」を聞きながら(6枚組のBOXセットを買ってしまった)雨に降り籠められた一日を楽しむ事とする。こんな日はドラムを叩きまくりたいが残念ながらドラムは札幌の自宅に置きっぱなし。
高松へと通じる国道32号線は通行止め、高知の雨は降りだすと半端ではない。文字通り滝のような雨となる。吉野川の清流も濁流へと豹変。なにしろ日照時間・降水量ともに日本一というお国柄であります。
滞在一年を過ぎた4~5月は何かと慌ただしい。稲の苗つくり、田植え(東北への救援米)、景観向上のため吉野川河畔杉林の伐採、茶摘み、大阪のイベントで郷土物産の販売、本山城跡のクリーン合戦、学校支援のプール掃除等。個人的にもモデルハウスの家具デザイン本山町農業公社がこれから経営するケーキカフェのデザイン、農家が生産する濁酒(どぶろく)の商品ロゴのデザインと楽しく働いている。たまに面白くないこともあるけど。ツイッターやフェイスブックも忙しい。


一年を過ぎ、それなりに土地勘も付き、忙しい合間を見てあちこち四国見物もしている。香川県の空海が監督した満濃池で有名な満濃公園、船舶守護の神様金刀毘羅宮、お城の丸亀。愛媛県の「坂の上の雲」の松山、伊方原発のある佐田岬、宇和島。

四万十川四万十川わが高知のジオパーク室戸岬、カルスト台地、四万十町。我ながら軽のオープンカーでよく走ったものだ。






佐田岬佐田岬特に印象に残ったのは佐田岬。50kmに及ぶ細長い半島、目と鼻のさきに九州佐賀関半島を望む、海流が厳しい海峡に貨物船、フェリー、漁船。潜水艦が頭を出して航行する様には驚きをおぼえる。半島の中ほどには伊方原発があり東北大地震の後だけに感慨もひとしお、岬の突端いる時に事故になれば俺は帰れないと冗談ではなく思った。

金刀毘羅宮より金刀毘羅宮より金刀毘羅宮通称こんぴらさん、千数百段の階段を上ると美しい香川の平野と三角山(香川にはきれいな形の三角山が沢山)が眼下に広がる。漁業航海に徳のある神様なので、無事な航海を願う額、絵馬が数多く奉納されている。




金刀毘羅宮のマーメイド号金刀毘羅宮のマーメイド号太平洋一人ぼっちの堀江さんのヨットも奉納されている。洋画家の高橋由一の美術館も有り油絵が二十数点、表書院には丸山応挙の日本画も。これは穴場かもしれない。お土産も楽しく観光地としては一級。中腹のカフェで柄になくおしゃれなランチ食う。




伊丹十三記念館伊丹十三記念館松山は伊丹十三記念館と道後温泉が目当て、温泉は二回目だが伊丹十三記念館は彼の業績はもちろん、建物が中村好文設計で前から行きたいと。伊丹の愛車ベントレーが前庭の車庫にデーン据えられ、記念館の中では館長宮本信子のビデオがお出迎え。伊丹の心の内側を覗き見るような多彩な展示が時を忘れさせる。特別展は父の映画監督伊丹万作でこちらも見応えがあった。小さいけれどピリッと引き締まった記念館。道後で一風呂浴びて帰る。

丸亀城丸亀城猪熊弦一郎現代美術館猪熊弦一郎現代美術館丸亀市のお城も素晴らしい(国の重文)が、駅前右手にある猪熊弦一郎現代美術館も素晴らしい。現代美術の先駆的芸術家の一人。絵画立体作品と共に彼の小物コレクションなど展示も多岐に及び、谷口吉生設計の建物もシンプルで美しい。



室戸ジオパーク室戸ジオパーク室戸ジオパークは、特異な磯の景観、フィリピンプレートがユーラシアプレートに潜り込んでいる為、隆起した様々な形の岩が面白い。毎年数センチ単位で隆起しているらしい。
南海地震が怖い。
四万十川の谷を吹き抜ける風が清々しかった。

カルスト台地カルスト台地カルスト台地ではのんびり牛たちが草を食む。旅行ガイドみたいになってしまった。そんな感じ相変わらず日々これ好日なり。

「道産子 土佐滞在記」 PartⅡ

「脱都会半農半デザイナー」さんから第二弾が届きました。なんか不思議なこの行動は、彼のルーツに有ったようです。
道産子の中年男がなにを思ったのかいきなり、高知へ行ってしまいました。
なんか不思議なこの行動は、彼のルーツに有ったようです。
高知の現在を、そんな彼の眼を通してお知らせします。(不定期ですが)

プロフィール

プロフィール:金井正樹

プロフィール:金井正樹
金井正樹(かないまさき)
年齢不詳 妻一人 札幌出身 インテリアデザイナー 趣味カメラ 
「脱都会半農半デザイナー」を目指す

四国全土は稀に見る寒さに覆われ、暖かさを求めて北からやって来た私はちょっと閉口消沈して居ります。(高知市に比べ本山町は平均4℃ほど低い、マイナス8.9℃という日もありました)慌ただしき年末年始を日記風に記します。

12月22日 柚子の収穫

役場から車で30分、吉野川支流汗見川沿いを山に入る。本山町自体が山中なのだから
相当な山の中に柚子畑はあった。大きな枝をチェインソゥで切り落とし実を取るのだが、畑とは言ってもかなりの斜面、しかも柚子の木は棘だらけ、柚子さん御免なさい刺さないでとつぶやきながら収穫作業を行う。棘は刺さったけど柚子をいっぱいもらった。

12月23日 日の出の写真撮影と門松造り

汗見川2.JPG

朝一番で棚田へ、なぜなら数日前に本山町広報新年号表紙に使う日の出写真を頼まれてしまった。調子のよい男なので軽く引き受けたが、朝霧だったり曇っていたり今日まで何日も撮れなかった。今日は締切最終日土壇場で何とか撮れた。うーん何か持ってる。(失敗したら夕日でごまかそうかと・・・)
 有機自然農法を実践している農家・北村さんにの教えを乞いながら門松造りをする。
師匠はなぜか3m以上でなければダメとおっしゃるので、初めてなのにそんな大きいの?などと心でささやきながら巨大門松に挑戦。材料は北村さんちの畑や山に全てある。松、竹、梅、千両、杉皮、稲藁,、なんかしらん葉っぱなどなど。下ごしらえして軽トラに積み込、現場でくみ上げた。暗くなるまでかかったけどカッコイイのが。記念写真を皆でパチリ。

12月26日 しめ縄造り

しめ縄3杉.JPG

町で一番大きな1200歳の杉の木と乳銀杏(チチイチョウ)に毎年巻くこれまた巨大しめ縄造り。(これはほんのお手伝い)実際に縄を綯わ(なわ)せていただいたが相当の力と要領がいるのですぐに断念、足手まといにしかならない。もっぱら藁を整える作業を。いよいよ出来上がったしめ縄(10メートル近い)を5、6人で差し上げて運ぶ、蛇がのたうっているようだ。無事に巻きつけた後は猪(しし)鍋(なべ)と猪焼肉、ちょっと硬い肉を頬張りながらビールを一杯、日本酒を献杯・返盃。

12月28日 そば打ち

毎年年末は汗見川地区の叔母ちゃん、お婆ちゃんたちが年越しそばを大量に手打ちし販売する。(3,000食と聞いた)そのお手伝いだ。 隣町でも売られているが評判ですぐ売り切れる。太すぎたり切れたりしてるけど、何しろ石臼引き手打ちですから。私たちも微力ながら一助になったか。

12月29日 門松仕上げ

23日に出来なかった仕上作業。土台部分に杉皮を巻く。やはりパンツを穿かねば。

12月31日 いよいよ年末だぁー

本山町という所

今日は餅とみかんを買うぐらいと思い、朝、目覚めて外を見たらなんと銀世界。5センチほどの雪が。道路は圧雪シャーベット状態。山々は息をのむほど美しい。思い切って車を出した。(夏タイヤです) 吉野川もその支流も水が美しくこの雪景色を、撮らねばならぬぅ~、撮らねばならぬぅ~(時代劇調で)。案に相違せず、しばし見とれシャッターを切る。パシャッパシャッ。 夜、さびしく一人そば食いながら紅白見る。

1月1日 国見山の初日の出、町長宅年始、企画室長宅年始

本山町という所

朝4時ごそごそ起き出す。真っ暗。ごそごそ服を着る。右城氏(役場で僕らの世話をしてくれるありがたい人)と中井隊員と軽トラで国見山頂上を目指した。急坂とワインディングロードをひたすら走り山頂へ。天気予報を覆すみごとなご来光を.パシャッ。うーん何か持ってる。
ご来光,初詣の後、町長宅でご挨拶、さんざん飲み食いの後、町長の奥様に送っていただき企画室長宅へ、素晴らしいご家族に迎えられました。またまたさんざん飲み食いの後、またまた室長の奥さまに送っていただく。なんと罰当たりな一年の計となり。     20110204正樹記

「道産子 土佐滞在記」 PartⅠ

道産子の中年男がなにを思ったのかいきなり、高知へ行ってしまいました。
なんか不思議なこの行動は、彼のルーツに有ったようです。
高知の現在を、そんな彼の眼を通してお知らせします。(不定期ですが)

プロフィール

プロフィール:金井正樹

プロフィール:金井正樹
金井正樹(かないまさき)
年齢不詳 妻一人 札幌出身 インテリアデザイナー 趣味カメラ 
「脱都会半農半デザイナー」を目指す

きっかけ:NEXT

きっかけ:NEXT

きっかけ:NEXT
2004年5月、私は万博「愛・地球博」のインテリアの仕事で名古屋滞在しました。その滞在中(1年数か月)、ゴールデンウィークに私のルーツである徳島、そして香川を初めて旅した折、瀬戸内とその島々の景観に感嘆する。自分の血を感じる。(私の曽祖父が徳島県阿波市より北海道江別市に牛飼いを生業(なりわい)とすべく移住、私の父の代までそれを生業とす)

NEXT
翌2005年2月,名古屋での仕事も終わりを迎え骨休めと思い、山陽(宮島(みやじま)岩舟(いわふね)岳(だけ)頂上より見た島々にも感激)、九州をまわり、かねてより平家伝説、空海さん又、お遍路(へんろ)さんに興味津々な私は四国4県を旅行。特に高知の海、山に惹かれる。いつかはここに住もうと決意。ワインディングロードを車で突っ走るのが好きな私にとってここ四国は理想的、冬でもオープンカーで走れるし・・・。

四万十町(しまんとちょう)窪川(くぼかわ)

四万十町窪川

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その4年後、高知のへの思いは捨てがたく、2009年12月, 「脱都会半農半デザイナー」目指して高知県窪川アグリ体験塾に入塾、農業を学ぶ。基礎を学び主にトマト、茄(なす)、ラディシュ、小松菜等を栽培、多くのよき仲間と出会う。札幌の友人たちはどうせすぐ飽きて帰ってくるだろうと半信半疑(飽きっぽい性格を友は知る)。

新たな展開

新たな展開

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2010年2月末、一時休塾のつもりで札幌に帰省、インテリアデザイナーに戻って仕事(ちょっとお金を稼ぐ)。ネット上で※高知県本山町地域おこし協力隊募集を知る。願書と作文を提出、面接に来いと呼ばれ本山へ、町長の面接を受け余計なことを言い(いつも一言多い)落選を覚悟、その後、予想に反して合格の通知を受け、3年間の仕事を得る。窪川アグリ体験塾に退塾の申し出をし、受理され3か月の修了証を頂戴(本来は1年間を予定)。

※高知県本山町地域おこし協力隊
地域おこし協力隊とは、総務省地域力創造グループが推進する事業で、人口減少や高齢化などの進行が著しい地方において、地域外の人材を積極的に誘致し、その定住定着を図ることで、意欲ある都市住民のニーズに応えながら、地域力の維持強化を図っていくことを目的とする取組

本山町へ

本山町へ

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2010年4月、本山町役場へ希望に胸を膨らませ(小学校入学以来)侘(わび)しく単身赴任、3年間の予定の仕事を始める。めでたく移住し飯が食っていけるかは精進しだい。札幌に逃げるか、女房に捨てられ路頭に迷うか乞うご期待。

本山町地域おこし協力隊

メンバーは10名。(この人数は全国でも稀らしい)本山町は町制施行100年という事もあり相当気合の入った数を受け入れ、それだけに期待は大きい。住まいは用意され、一人一人パソコンにスクーター、隊全体のため軽ハコバン2台と軽トラックが与えられる。狭いながらも専用の田畑も借りている(地元に馴染みのない作物も栽培)。活動は多岐にわたり農業林業を中心に研修・労働ボランティア・当地の物産を利用した商品の開発・販売ルートの摸索(地産地消・地産外商)。数々のセミナー(各々のメンバーの方向性、思考により選択)また、サテライトによる慶応義塾大学大学院経営管理研究科のビジネススクール「土佐経営塾」(全員参加)の受講。町の行事、市民によるイベント・スポーツ、また子供たちの教育活動に準備段階から積極的に参加しているメンバーもいる。
私自身は上記活動のほか趣味の写真をバンバン撮ったり、主に杉の間伐材(かんばつざい)を利用した家具・建具・クラフトを製造している地元メーカーのデザインを担当したり、近隣4つの町村が作る観光パンフレットの作成に加わったりもしている。手帳にびっしり予定が書き込まれているのは私の人生初の経験。

本山町という所

本山町という所

本山町という所
四国全体のヘソと言うべき場所に位置し、敬意をもって四国三郎と称される吉野川流域、91パーセントは急傾斜の杉・ヒノキ他の山林。集落・耕地は250mから740mに点在する。特に棚田の美しさと規模、水の豊かさは特筆に値する(この地で産する特別栽培米「土佐天空の郷」は本年度、食味全国一となる)。他に生姜・原木椎茸、家畜では赤身がうまい「土佐あかうし」、肉も卵もうまい鶏「土佐ジロー」など産する。年平均気温14℃、降水量2017㎜。
歴史も深く、戦国時代長宗(ちょうそ)我部(かべ)氏の好敵手だった本山氏の根城(ねじろ)本山城跡。江戸時代土佐最大の政治家、野中(のなか)兼山(けんざん)とのゆかりも深い。
文学においては、郷土が生んだ作家、大原富枝の生涯を多角的に展示した「大原富枝文学館」(小説「婉という女」は読みごたえあり)。同じく郷土出身の俳人右(う)城(しろ)暮(ぼ)石(せき)の業績を顕彰し、我が国の著名な俳人の句碑を多数建立した散歩道「俳句の道」は興味深い。

スポーツも盛んで吉野川とその支流である汗(あせ)見(み)川(かわ)を利用したカヌー・ラフティング、全国レベルの競技も開催できるフリークライミング施設、ソフトボールは特に盛んでレベルも高い(私も役場チームの一員として2試合に出場1本のヒットも打てず)。町民運動会にも参加(玉入れのみエントリー、情けなー)。生プロレスもこの地で初めて見ました。

毎日、山を見、川を見、うまい空気を吸い、良い水を飲み、地元で産する新鮮な野菜を食い、額に汗し、人々と談笑し、たまに頭を使い真面目に話し、たまたまに悩み、しょっちゅう泣き(うれしい・サビシイ)。ただいまそんないい感じ、日々これ好日なり。

次回 乞うご期待!

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